⑫【ワクチン接種後の有害事象】

【ワクチン接種後の有害事象(Adverse Events Following Vaccination = AEFVs)】
・有害事象とは、ワクチン投与後に起こる(効果の欠如を含む)有害で予測のできない事象である。
・ 過敏反応、疾患、傷害、または明らかな毒性作用も含まれる。
・注射部位の疼痛や腫脹などの局所反応や、嗜眠、食欲不振、発熱、嘔吐などの全身的な症状が一般的に認められる。
・蕁麻疹やアナフィラキシーはあまり一般的ではない。
・AEFVは、ワクチン接種との関連が疑われるだけでも報告されるべきである。
・各ワクチンにおける有害事象の報告書には、関連するワクチン製品(バッチ番号を含む)、関与した動物の詳細、有害事象の詳細、および報告書を提出した獣医師からの情報を明記しなければならない。

・獣医師から報告されたAEFV疑いの情報において、現場での観察内容は、製造業者や規制当局がワクチンの潜在的な安全性や有効性の問題を評価するため注意を払う最も重要な箇所である。
・認可前の安全性調査では、比較的一般的な有害事象しか検出できない。
・より稀な有害事象は、市販後のサーベイランスや報告された有害事象の分析を通じて検出される。
・報告は製造業者と現地の規制当局に送らなければならない。
・国によっては政府のサーベイランス制度がまだ存在しないため、AEFVは製造業者にのみ報告される。
・VGGは、AEFVの報告がひどく過小に報告されていることを認識している。
・これはワクチン製品の安全性と有効性に関する知識の発展を妨げる。
・VGGは、すべての獣医師がワクチン接種後の有害事象を疑う事象の報告に積極的に参加することを強く奨励している。

・ワクチンにおける効果の欠如も有害事象である。
・前述の通り、幼若動物での一般的な原因は、母体由来の初乳中の抗体による干渉である。
・しかし、他にも重要な原因は存在する。
・意外と多い問題として、ワクチン管理の不備も原因の可能性がある。
・動物病院では、ワクチンの管理、監視、報告を担当する特定のスタッフを指名すること を検討すべきである。
・吸い上げて、注射される前に何時間も放置され、その構成成分が変化してしまったワクチンは効力を失う可能性がある。
・これは特にCDVのような壊れやすいワクチン成分に影響する。
・冷蔵庫と冷凍庫の距離が近すぎると、ワクチンが凍結し、効力が失われることがある。
・古い冷蔵庫は特にこの傾向が強く、また密封に欠陥がありワクチンが十分な低温(一般に2-8℃)で保存されていない可能性もある。
・マルチドーズバイアル(例えば、狂犬病ワクチン10回分を1バイアルに入れたもの)の使用では、ワクチン懸濁液が毎回汲み上げられる前に十分に混合されていない場合、効力不足につながる可能性がある。
・またこれは、接種される動物の一部に過剰投与を引き起こし、過敏反応や注射時の疼痛、接種後の腫脹など、他種類の有害事象の発生する可能性を高めてしまう可能性がある。

・家庭の成犬の体格と体重ではほぼ100倍に及ぶ大きい差があるにもかかわらず、ワクチン製造業者がすべての体格の成犬に同じ量のワクチンを接種するよう推奨し続けていることは興味深い。
・さらに、ほとんどのワクチンにおいて、幼い子犬に投与される量は、はるかに大きく成長した成犬に投与される量と同等である。
・逆にヒトの場合では最近、幼児には成人と比較して少量のCOVID-19ワクチンを使用することが決定された。
・高齢者では、より高用量のインフルエンザワクチンが接種される。

・すべての大きさ、年齢の犬に同一用量を投与することは、現在も標準的な処置であり、VGGはこの点に関して獣医師が製造業者のアドバイスから逸脱することを奨励しているわけではない。
・しかし、小型犬の方がワクチン接種後の有害事象が発生しやすいことは注目に値する。
・副反応発生率は、同一診察時に、より多くの別種のワクチンが接種された時ほど高くなる。
・大型犬や巨大な犬では、小型犬に比べて、狂犬病ワクチン接種に関して十分な免疫反応を示す可能性が低い。
・1つの研究では、体重と抗CPV / 抗CDV抗体の反応の大きさとは、逆の相関を示した。
・小型犬は大型犬や巨大犬よりも強い抗体反応を示したが、結果的にはどのサイズのイヌでも十分な防御反応が得られた。
・米国で最近実施された極めて大規模なイヌの集団(約500万頭)を対象とした研究によると、犬種は、体重とは独立した有害事象の可能性を決定する要因であると示された。
・一部の犬種は、急性の有害事象を経験するリスクが一般集団よりもはるかに高い。
フレンチブルドッグダックスフンドボストンテリアにて最もリスクが高かった。
・小型犬(体重<5kg)の場合、1回の診察で複数のワクチンを接種することが、特に目立つリスク因子であった。
・個々の犬に対する適切なワクチン投与量については、ペットの体格や犬種が非常に多様であることから、さらなる研究が必要である。

・将来的には、AEFVsの定義が拡大され、免疫不全の飼い主に対するペットのワクチン接種後の稀かつ潜在的であるが、実際の健康被害である有害事象を明確に含めるようになるかもしれない。
・例えば、粘膜投与の改変された細菌生ワクチン(B. bronchisepticaワクチンの一部など)は、嚢胞性線維症患者を含む一定人数のヒトに健康被害をもたらすことが最近示唆されている。
・リスクは低いと思われるが、免疫不全の飼い主には、粘膜投与B.bronchiseptica生ワクチン接種中は診察室から退室してもらうのが賢明かもしれないと示唆されてきた。
・このことで、どのような飼い主に退室を求めるべきか、どのように判断するべきかという疑問を獣医師は抱いている。
・伴侶動物の医療において、飼い主の免疫学的状態について質問することは、まだ一般的な行為ではない(しばしば飼い主が自らそれらの情報を伝えてくる場合はある)。
・サブユニットワクチンや不活化B.bronchisepticaワクチンの使用は、これらのワクチンによって同等の防御が付与されると考えると、免疫不全の飼い主にとってより安全であると想定される。

<ネコの注射部位肉腫について>
・ワクチンやその他の注射製剤は、ネコ注射部位肉腫(FISS)の発症に関与している。
・FISSは多くの研究の対象となっており、複数の総説がある。
・初期に特に注目されたのは、その頃は目新しいものであったアジュバント添加FeLVワクチンと狂犬病ワクチンであった。
・初期の研究で、これらのワクチンがFISSの発症と関連していることが示された。
・FISSの病因は不明確なままである。アジュバント非添加ワクチンよりもアジュバント添加ワクチンの方が病因に関係する可能性が高いという証拠がいくつかあるが、この証拠は説得力がないと主張する専門家もいる。
・ワクチンアジュバントの中には炎症反応を引き起こすものがある。
・そのため、局所的な慢性炎症反応における間葉系細胞が、悪性腫瘍性転換を起こすと推測されている。
・ネコの眼外傷後肉腫は通常、頭部外傷の後に発症し、多くの場合、何年も経ってから発症するが、それと同等な病因原因を持つ可能性がある。
・ネコは(イヌやヒトと比較し)特にこういった形態の新生物に罹患しやすい。

・ほとんどの皮下注射(ワクチンを含む)は従来、猫の肩甲骨間に行われてきた。
・ここがFISSの発生にとって解剖学的に困難な場所であることに変わりはない。
・これらの腫瘍は浸潤性であるため、しばしば根治的外科切除が試みられてきた。
・腫瘍が肩甲骨間に由来する場合、手術は失敗に終わることが多い。
・治癒可能性を高めるために、補助的な治療法(免疫療法、化学療法、放射線治療)が手術と併用されることが多い。
・これは高価であり、しばしば失敗する。
・肩甲骨間で成長する腫瘤は、かなり大きくなるまで発見されないことがある。
・ネコでは、この解剖学的位置に皮下注射を行わないことが推奨される。

・北米では、FISSに対応し、特定のワクチンが他よりも関与が強いという見解を受けて、“左肢に白血病”(すなわちFeLVワクチン)と“右肢に狂犬病”(すなわち狂犬病ワクチン)が推奨され、広く受け入れられた。
・当初は後肢が選ばれ、できるだけ遠位、できれば膝かそれより遠位側に注射することが推奨された。
アメリカの大部分の獣医師は、この30年間でネコのこれらの解剖学的位置に皮下接種することに熟達した。
・ワクチン接種をこの解剖学的位置にすることは、現在のAAHA/AAFPガイドラインにおいても推奨されている。
・VGGはこのアプローチを強く支持する。
・ワクチンの皮下注射は筋肉内注射より望ましい、それは筋肉内のFISSは一般的に皮下のFISSよりも検出が難しいからである。

・しかし、北米よりもはるかにFISSが少ないと考えられている、または知られている国もあり、そこの獣医師はネコワクチンを四肢遠位へ注射することに対し消極的である。

ある国では、背側正中線から4cm外側、肩の筋肉の凸部上にワクチンを接種するという推奨が、開業医の意見を取り入れた地元のガイドライングループにて作成された。
・この提案は、その解剖学的部位における進行性のFISS外科的切除は治癒可能性が高いという誤った考えに基づいているわけではない。
・その理論は、ワクチン接種後のどの腫瘤であっても大きくなった際に目立ちやすくなり、肩甲骨間での発生よりもはるかに早く発見され、治療を早期に行うことができ、治療が成功する可能性も高まるというものである。
・四肢遠位端へのワクチン接種は依然としてゴールドスタンダードな方法であり、強く奨励される。

・VGGは2020 AAHA/AAFP Feline Vaccination Guidelinesに示された "3-2-1 "ルールまたはアプローチを強く支持し推奨する。
・ワクチン接種後のどの腫瘤であっても、(1)接種後3ヶ月経過しても存在する(2)時期に関わらず直径が2cm以上である、(3)接種後1ヶ月経過してもまだ増大しているものは、切開生検を受けるべきである。
・切除生検よりも切開生検が推奨されるのは、診断がFISSであった場合、その腫瘍の外科的切除は根治的となる必要があり、診断生検には適さない大規模な手術を伴う可能性が高いからである。

・2014年の研究において、ネコの尾にFVPワクチンと狂犬病ワクチンを投与することでの有効性が示された。
・地域TNRプログラムの成猫に、3価MLVコアワクチン(FPV、FHV、FCV)を尾部の背側遠位3分の1に接種し、不活化狂犬病ワクチンを3価ワクチン接種部位から2cm遠位に接種した。 
・FPVについてはすべてのネコで、狂犬病ウイルスについては1頭を除くすべてのネコで血清陽転が起こった。
・この小規模な研究では、尾へのワクチン接種をネコはよく我慢してくれたと報告されている。
・尾への注射は将来、四肢遠位への注射に代わる選択肢となることが証明されるかもしれないが、尾への予防接種についてはさらなる研究が必要である。

・VGGではネコのFISSと解剖学的注射部位に関し、以下のコメントと推奨がされている。
 ・猫の肩甲骨間への皮下注射は行うべきではない。
 ・皮下注射が法的に別の選択肢として存在する場合、ワクチンを筋肉内に接種すべきでない。
 ・ワクチンは使用ごとに異なる解剖学的部位に注射すべきである。
 ・どの種類のワクチンも完全に安全であるとは言えない。
 ・FISSのいかなるリスクも、ワクチンによってもたらされる防御免疫の恩恵と比べるとはるかに劣る。
 ・FISSの発症はまれであり、国や地域によっては他地域と比較しはるかにその発祥が少ないこともある。

・FISSの病因におけるアジュバントと慢性炎症の役割は不明であるが、アジュバント非添加ワクチンと比較しアジュバント添加ワクチンの方がFISSへの関与が示唆されるエビデンスがやや多く存在する。
・このエビデンスをどう解釈するかについて、専門家の間でも意見が分かれている。
・専門家の中には、このエビデンスが非常に弱いため、ある種のネコ用ワクチンを他ワクチンより支持しないとするものもいる。
・しかし、VGG は他の専門家と同意見であり、FISS の発生が知られ、代替ワク チンが選択可能な国であれば、アジュバント添加ワクチンよりもアジュバントを添加していないワクチンの使用を推奨する。
・使用可能な代替ワクチンがない場合、ワクチン接種を実施しないことと比較すると、アジュバント製剤を使用する方がはるかに望ましい。

・注射の解剖学的部位は、患者のカルテまたは予防接種カードに、図などを用いて記録し、どの製剤がどの機会に投与されたかを示すべきである。
・使用部位はその都度“ローテーション”されるべきである。
・代わりに、動物病院によっては、1年中すべてのネコワクチンを特定の部位に接種し、翌年にはその部位を変更するというグループ方針を決めた場所もある。

・VGGは、FISSが疑われるすべての症例について、その国の適切な副作用報告ルート、あるいはワクチン製造業者に報告することを推奨する。